温泉

 しずかちゃんと二人、温泉に行く。夕食にはまだ暇があると思ったのだ。浴衣ではなく「新感覚ゆかた 湯ぱっちゃ」と書いてあった。形は昨日の甚平と同じだが、色が黄色で水玉模様が飛んでいる。じゅうぶん派手だ。しずかちゃんに「これを着るよ」と言うと「派手やなぁ」と言う。「これを着ていると、お金を払いました、という証拠なんだよ」と説明する。なんでも口から出まかせ言わなきゃ、ね。廊下に出ると「あ、あの人も着ている」で納得。 
 1階に下りる。広い。温泉もいろいろある。しずかちゃんと「今日は洗わなくていいからね。ぱっと入ろう」と言って、かかり湯していると、あけみさんが来た。「6時から夕食って、言ったよね。もう20分しかない。『遅れても先に食べて」って言ってね。その方が気が楽だから」と言う。お父さん(あけみさんのご主人)の話を聞く。「うんちをしている大事なときに『早く来い』って言われても、困るのよね。お父さんにとって、一番見られたくないときでしょ。恥ずかしいもの」と言う。なのに、心ない、気が利かない介護者はたくさんいるらしい。デリカシーが無いのだよ。私も、はっと気がついた。だって「ばあちゃんがぼけて、まっさきに失くしたもの・・・羞恥心」と思っていた。百姓の嫁さんは野良でトイレをすまさねばならないときがある。だから、平気で畑でおしっこをする。しながら、手は草を引きながら前に移動するから、お尻が丸見えだ。はずかし!!
 大体に私は、日本語の通じない人とコニュニケーションをとるのが苦手だ。あけみさんのお父さんに初めて会ったときも、どう話しかけていいか、わからなかった。今は「お父さん、おはよう」と言う。あけみさん夫妻のコニュミケーションを紹介する。お父さんは左手が動く。左手でピースをして、あけみさんのピースと合わせる。次に二人で平手を合わせる。それから手にチュッとして、唇にチュッとする。「こらーっ、公衆の面前だぞ」と私が言うと、「いいやん、あつあつカップルなんだから」と誰かが言っておしまい。お父さんが倒れて9年、世話をして、このごろは「この人は誰?」とあけみさんが聞くと「あけみ」と言ったり「おくさま」と言われるそうだ。「もう直らない」と言った医者は誰だ?医療制度が変わり「〜ヶ月で退院」なんていうけれど、お父さんが最初の一歩を踏み出したのは、闘病7年目だったそうだ。人間の可能性は無限だし、支えるのは家族の愛情だ。
 さて、急いであがり、急いで夕食に行く。