うちの神社のとんど

 午後からはうちの東久保大澤神社のとんどだ。「ちらし」は配ったし、餅もついたが、いったい何人来てくれるだろうか?
 12時半に行くと、もう土台は当番宮守さんが大体組んでいた。1時になり、縄を巻き始めたら、1時32分には「点火」になった。早いよ〜!以前はちらしを見た人に「何時ごろ?」と訊かれ「わからん。村のじいちゃん達は、できあがったら火をつけるから、いきあたりばったり」と答えていたが、今年のちらしは「1時から組み立て できあがり次第点火 火が落ちたらお餅焼き」と書いた。あはは〜。これなら「勝手に時間を決めるな」と村の人に言われずにすむし、「行ったら燃えていた」という文句は出ようがない。
 点火してからも続々と客は来た。常連さんや知人には「よう来てくれた」前に来た人には「どちら様でしたか?すぐ忘れて〜」と言ってまた尋ね、引越しした人には「気がついたらいなくなってたやん」と文句を言ってあげて...初対面の人に「どちらから?」と訊くと、隣の人が「老人くらぶ連合会の会長さんを知らんのか?」と言われ「あら〜、失礼いたしました〜。夫は加入しましたが『私も一緒に入ろうか?』言うたら役員さんに断られました。うるさいですから〜」と笑わせて、名のってみたり...にぎやかなことで...小さいメモに書いていたら、覗き込まれ「出席とってるのんか?」と言うので「そうや。来年の参考に」と言う。 
 親子連れや、子供が来たので、餅を配り始め「どこから?」と訊くと、随分遠い。私が宣伝したわけじゃなく、とんでもないところから来たりした。とちゅうでぐちゃぐちゃになったが、最終的には78人が確認できた。村の人は30数人だ。 この人数でもてなせるはずがない。火をかき出して餅を焼く。お手伝いを見物客から募るのだ。毎年来る人は「餅運び」をしてくれる。焼く人も熱いが、受け取って婦人会のぜんざいを作るテーブルに運ぶ人も熱い。「若い人、手伝いに来て〜」と呼びに行くと、近所の人が来てくれた。「『若い人〜』言うてるのに『は〜い』ととんで行ったのは、おばあちゃんやんか」と言われていた。孫が小中学生になっても、この人は若々しくて、料理も上手、世話好きだもの。せっせと焼いてくれて、おしゃべりも楽しみ、満足したようだった。来年からも頼めるだろう。普段は家でぜんざいなど食べないかも知れない子供たちも、石段に腰かけたり、立ったまま食べたり、けっこう楽しんでいた。しょうゆやきなこもあったし、色餅を焼いてくれる人もいた。
 とんど、終わった〜。毎年、前々日に餅をついてくれて、あんこをたいてくれる婦人会があってこそ。また来年。