入浴

 何人かが部屋に帰ったあとも、まるちゃんが延々と司会業をしていたら、さと子さんが部屋のほうから「お風呂、入れてほしい〜」とやってきた。安永さんは?姿が見えない。今、何時?もうかなり遅い。
 まるちゃんがしゃべっている前の低いテーブルにお水やお茶やコーヒーが置いてある。私が近づくと、まるちゃんは「どきっ!」と言う。殺気を感じたか?私は「お水、取りにきただけや。でも、お風呂の時間やし、はよう、終わって」と言うと、まるちゃんもわかったらしく、そろそろおひらき、の方向に進んだ。
 夫とつねあき君に「お風呂、入りたい人がいるよ」と声をかける。大浴場ではさと子パパが入れてもらった。
 早苗さんは自室の「このお風呂なら一人で入れられるわ。でも、万が一、お父さんが立てなくなって一人であがれなくなったら、助けに来てね」と言う。それは?自信が無いので伸子さんに「手伝って」と言うと、オーケーであった。大丈夫だったようで「ヘルプ」の声は来なかった。
 大浴場では次は悦子パパだ。悦子さんが外に立っている。私はつかず離れず見ている。「バスタオル!」と言う声がして国さまが出て来た。タオルを渡す。着替えた服を渡される。しばらくして車椅子を押した国さまが出て来て、部屋まで送ってきてくれた。悦子さんは「寝る前にお茶を飲ませます」と言う。国さま、ありがとう。
 昨日、夫に習ったようにパパの前に出て私の両腕をつかんでもらった。パパは顔が赤い。頭がてかてかしている。悦子さんは「綺麗に洗ってもらってる」となでている。うふふ〜。
 パパが何やら言うのにてきとうに相槌を打ちながら、悦子さんがお茶を飲ませるのを見ている。左の耳元で「お茶、飲みましょう」と言いながら、カップのお茶を見せる。少しずつ飲んでは、パパが何か言う。なかなか時間がかかる。見ているとこわい。体がのけぞっているし、誤嚥しないのだろうか?家ではどうしているのだろう?明美さん式「お茶ゼリー」「スポーツドリンクゼリー」「氷」いろいろやっているのだろうか?ここでも「氷」ぐらいはもらえるだろうが...まぁ、いいか、根気よくつきあう。私なら強引に行くが、ね。それはばあちゃんが元気だからできること。ありがたいとわかった。
「入れ歯をはずしましょう」と言うとよけいに口をつむぎ、悦子さんの指を吸っている。見ているとほっぺをへこませた顔がかわいいが、吸うたらあかんがな。はずすんやから、口を開けないと。ようやく外れて、またお茶を飲む。
 飲み終わった。お茶だけでこんなにエネルギーがいるなんて...
 「寝ましょうねぇ」とベッドのほうに車椅子を寄せたら、パパの手が私の腕からはずれ、車椅子の右の手すりを握ってしまった。これからベッドに移すのは、私には経験が無い。できないことはやらない。ホールに人を呼びに行く。カラオケをしている中には、まるちゃんしかいない。「まるちゃん、お父さんを寝かせるから手伝って」と呼ぶ。まるちゃんは「お父さん、握手しよう」と言いながら手をほどいた。そして悦子さんと二人でパパを移したので、私は車椅子を引く。パパが「痛い!」と言う。ほんとに体が動かなくなってしまったんだな。斜めにころんだまま、自分では動かない。3人で「よいしょ」と持ち上げてまっすぐにして、ふとんをかけた。
 寝かせるだけでも、こんなにエネルギーがいる。家でお世話しているお母さんは大変だろうな。また施設に通っていても、プロとはいえ、大変だろうな。うちのばあちゃんにはいつまでも動いてもらわなきゃ、な。