あやめ

 咲いた。
 昨夜は久しぶりの雨だったが、畑は表面がもう乾いている。たいして降ってない。
 かぼちゃは帽子いっぱいに葉を広げ「帽子を開けて!」と言っているし、野菜がそれぞれ、育ちかけて、どこもかも「触って!」と言っているし、ねえ。
 「たたかうおばあちゃん」は記憶力が良くて「この畝は去年は○○。一昨年は△△・・・」と言いながら「続けて植えたらできひん」と連作障害を避けていた。私は「畑ノート」という「畝番号」を書いたノートに「春」「夏」「秋」というふうに植えた作物と一番に取れた日を記録していたが、いつのまにか、やめてしまった。あきっぽいかも?
 日記も2011年版を4年間使い、1〜2ページ見開きに4年間の作業記録があり、去年の目安で動いているが、今年は2015年版。まっさらだ。古いのを出しては比べてみている。
 実は畑に行けば、作業しながら「次は何」というふうに目安がつく。筍を掘っていても、手は今の筍を掘っているが、目は次の筍を探している。ワラビだって目は次のワラビを見ている。振り返ってみると、取り残しのワラビがみつかるのも当たり前。だからあとから来た人にも取り分が残っているのかも?
「身体が覚える」ってこういうことだろうね。