「診療所に来てます」

 ばあちゃんはデイサービスから帰ってきたときに、私がみつからないので、あわてて畑に行ったらしい。ところが、畑にもいない。またまた、あわてて診療所に行ったのだ。電話がかかってきた。「ばあちゃんが、来てます。迎えに来てください。」
 私が診療所に行ってみると、ばあちゃんは看護師さんに怒っていた。「どないすんのんどいな?」いつもの調子だ。「今晩、どこで、寝るのんどいな?」あれあれ、ステイと間違えたかな?
「先生から話があるそうです」と言われた。先生はすぐに来てくださった。今月の診察だ。「胸を見せてね」と言われたので、服のボタンをはずすのを手伝った。先生の聴診器を見ると、ばあちゃんは「何、するのん?」と言う。「胸の音、聞かせてね」異常なし。「血液検査、しようか」と言われた。「血、採って調べるよ」と言い直されたら、聞こえたらしく「血、採って、どないするのん?」と言う。 
 診察室から処置室に移動した。看護師さんに採血してもらうとき「ちょっと、痛いよ」と言われたのだが、針を刺すと「痛い!痛い!こんな、痛いの、辛抱できひん」と騒ぐ。いままで、こんなことなかったのになぁ。ちゃんと辛抱できたのになぁ。それとも、怒って興奮しているせいかな。しかたなく、実力行使で「だまりなさい」とばあちゃんの口を押えた。体罰も虐待もときによればするさ。腕はもう一人の看護師さんに押えられている。ばあちゃん一人に、3人がかりだ。やれやれ。
 終わって、血が止まるまで、看護師さんが押えていた。それから、テープを貼った。このときは、何とも思わなかったが、お風呂に入るとき、ばあちゃんが「これ、はずすわ」と言う。テープの巾が広い。片方からはずしかけて、「あかんわ」と言いながら、反対側からはずしていった。ばあちゃんの皮膚が引っ張られた。これはちょっと言わせてもらいたい。年寄りの皮膚は薄くて弱いのに、このテープは広すぎて、強すぎる。はずしそこねて、皮膚まで破れたらどうするの?老人ホームの診療所なのだから、もっと気をくばって、やさしい材料を使ってほしい。
 さて、怒りすぎて忘れているので「ばあちゃん、ありがとう、言いなさい」と言うと「えらい、すんまへん」ときた。かわいげのないあいさつ。
 帰ろうとすると、くつが無い。探していると、きっちり、下駄箱になおしていた。怒っているわりには、冷静にくつをなおしているね。
 しかし、まぁ、これだけ怒る元気があれば、ばあちゃんはまだまだ大丈夫だ。