「たたいたら あかん」

 昨日の連絡帳の記述
「傘をつかって、『玉いれ』『輪投げ』をしました。嫌がらず、ポンポンとボール・輪を放って、機嫌よかったのですが、その後のお茶タイムで、おしぼりを配ると、いらいらして、隣りの人に『早ょ、手をふきなさい』とテーブルをたたいて言いました。」
 本日の私の申し入れ
「テーブルをたたいた時、スタッフの皆さんは、どう対処なさいましたか。皆で『たたいたら、あかん』と注意してください。対等な人間として扱い、『あかんことは、あかん』と注意してください」
 お迎えのフタッフにたずねた。
私「隣りの人をたたいた、とありますが、その人は、どういう人ですか?」
職員「ふつうの人です」
私「ばあちゃんと、その人の力関係は?」
職員「対等です」(?そうかなぁ? ばあちゃんは相手を見て、なめてかかるんだけど...なぁ)
私「たたいたら、あかん、と注意してください。暴力はいかん、と教えてください。」
職員「たたいたのは、机ですけど...」(そんな、怪訝な顔をしないで)
私「暴力です。人をたたく、物をたたく、しゃべるときに自分の手をたたく、皆、暴力です。大きな音をたてて、相手を威嚇しているのですから、暴力です。暴力はいかんと、教えてください。」
職員「わかりました」

 さて、本日の連絡帳
「机をたたかれたりしたときは、その都度、声かけをして、落ち着かれるように注意しています。」
 そうではないのだ。「落ち着くように注意する」前に「たたいたら、あかん」と短く、毅然と言うことだ。「あかん」と言わないから、なめてかかって、どんどんエスカレートする。80年の蓄積は、悪知恵の宝庫だから、一筋縄ではいかない。「あかん」と言うと、一時的には怒るけれど、また「あかん」と何度か繰り返すと、おさまるのだ。家では、ね。私が許さないから、と、夫も「しかる」から。「一家のあるじ」が「こわい存在」でなくて、誰の言う事をきく?