姉さんが亡くなった

 朝、「姉さんが亡くなった」と電話がかかってきた。夫は留守だ。息子の車に乗せてもらって、お悔やみに行った。ばあちゃんは、孫も忘れているので「デイサービスのお迎えだ」と思っている。後ろの席で「あれ、あんなぎょうさん、車、止まってるわ」と言う。中古車センターだけでなく、対向車も、だ。昨日と同じ。うるさいが、相手にするとよけいにうるさくなりそうなので、無視する。
 おばちゃんの家に着いた。「ぎょうさん、車や」と言う。弔問客や村の人がお手伝いに来ている車、親戚、その上、向こうには米の袋を積んだトラックまでいる。秋だもの、ね。
 ばあちゃんが「ここで、降りまんのんか?」と訊く。そりゃ、もう、おばちゃんの家は忘れたわね。お通夜のお料理をしている、お手伝いの女の人たちに「お世話になります」と言いながら、横をすりぬけ、玄関にまわる。
 「あ、おばあちゃん」と言いながら、お嫁さんが出てきた。後ろには、おばちゃんの娘がいて「見てやって」と言う。おばちゃんの部屋に入る。娘といっても、97歳のおばちゃんの次女だから、もう60歳は過ぎたよね。私のいとこだ。いとこが、おばちゃんの顔の白い布を取ると、ばあちゃんは「死んだんか?」と言う。いとこが「線香、つけるから、供えてやってね」と言いながら、つけてくれたら、ばあちゃんは「えらい、長い線香やな」と言う。あれこれ、するうち、ばあちゃんは「やすんどっての?」と言う。「やすむ」って、「ねている」と思ったのか?もう、「姉だ」とも「死んだ」とも、わからないんだ。
 「こんな調子なので、もうおいとまします」と言って、帰ることにした。「なんで?もっとおってくれたら、ええのに」といとこが言う。横から、手伝いに来ている、おばちゃんの姪が、ばあちゃんに「おばちゃん、私のこと、わかるか?」と訊く。ばあちゃんは「わかるで」と言う。「なら、名前を訊いてみ」と私が言うと「私の名前、言うて」と言った。ばあちゃんは「ななくさの人」と言う。それごらん、デイサービスの職員だと思っているやんか。もう、帰る方が無難。
 帰る車に乗ったら、もう、全部忘れてくれたので、これでええやん。