89

 夕方、見に行くと、ふとんで昼寝をしていた。いつのまに覚えたか、電気毛布のコンセントをさしている。しかも目盛は強。服のままだから、汗をかいて寝ている。まだ4時なのに雨戸を閉めるから暗い。窓は障子だから「ばあちゃん、まだ、明るいやん。寝たらあかん」と言って起こした。「ばあちゃん、こたつも毛布も、両方つけたらあかん。いっぺんに両方に入れないやろ。勿体ないやろ」 
 さて晩ご飯のとき、「ばあちゃん、あさって、お正月やで。お正月がきたら、89になるんやで。言うてごらん」と教える。「89」とおうむ返しする。食べながら「いくつ?」と訊くと「わかりません」「わからんかったら、ご飯、あげへんで」と言うと「83」と言う。「ばあちゃん、89やで」と言うと「89」と言う。そのあと、聞いても聞いても「83」と言う。どこで思い込んだ数だろう?うわの空で「いくつ?」「83」「89やで」と言いながら、食べ終わる。
 あらためて「ばあちゃん、お正月やで。89やで」と言うと、急に、目を丸くして「もう、そない、なっとぅか?」と言う。急に、脳みそがつながった。私が急な展開にあわてて「どうするの?」と言うと「大変です」と言う。「何が大変やの?」と訊くと「うろうろしとられへん」と言う。何、それ?ばあちゃんは続けて「にちにちくらすのが大変です」と言う。「別にばあちゃんは大変や、ないやん。大変なのは、私よ」と言うと「気をつけるのが、大変です」と言う。だいぶ、興奮してきた。むきになっている。
「ばあちゃん、それは、言わんほうがええで。気をつける、と言うても、つけられへん。できんことは言わんほうがええ」と、言うほうが無理やわ、ね。理解不能だ。