なんか、あわない

「『明日の記憶』を見たわ。困るわね。年をとってからなら『ストップ!』をかけられても、下降線をたどるときだし『もう、いいか』と思うけど、若ければ、人生の絶好調でしょう。それが、いきなり『ストップ!』と言われたら、どうしていいか、わからないわね」つまり、この人は「アルツハイマー病になったら、人生終わり、と思っているみたいなのだ。実際には、人生は続くし、悩みもあれば喜びもある。
「仕事でケアマネをしている。長く同じ家族とつきあっていると、何から何までわかってしまうのが、しんどい」
「看護師をして、救急もしたけれど、倒れて人工蘇生しても、後遺症が残って元通りにはならない人をいっぱい見てきた。だから私は家族が倒れても『無理には助けないよ』と言ってある」そんなに割り切れるかなぁ。あけみさんが聞いたら卒倒するような意見だ。なんとしても生きていてほしい、と思うのが家族だろう。
「ぼけじいちゃんとつきあうとね、年とってもエロチック。さわってきたりする」「そうそう」まゆみさんは「ほら、若い娘よ。抱きしめて」と言って介助していたわ。
「担任の先生が亡くなって、ね...」「生きてるよ」「あ、そうだった。入院したのね。もう、その時点で、社会とは縁が切れた、って気がしたのよ。私の中の先生は、もう死んでしまってる...お見舞いに行くと、帰ってから、先生の周りの人が皆『教え子』になってしまって、家族は対応に困るから、来ないで、と言われたの」そんなむちゃな...
「私の母は90歳をこえて、ほとんど寝たきり...訪問看護をたのんでいて、お風呂にもいれてもらってる」
「私の母はぼけてしまったわ」まぁ、うちもそうなんだけど...このメンバーの表現は、一種独特で...あわない!! 
「せっかく楽しい休みなのに、なんで車椅子の人と行くの?遊べないじゃない?」出ました!言うだろうと思った。遊べるよ。手がすいた人が、手を貸すのはごく当たり前のこと。結局「仲間」!つどい場さくらちゃんの仲間と旅をすると、やみつきになって、やめられない。今までに「行きたいけど、都合がつかない」から参加できない人はいても、「やめ〜た」と言ってやめた人はいないのよ。