友達

 とんどのちらしを作ったので配りに行く。良い天気なので、ばあちゃんも連れて行こうと思う。まず、台所に呼んでパンと牛乳を食べさせた。部屋に戻ったが、また出てきた。しめしめ、うまくいった。さっさと帽子・手袋・マフラーをつけて靴を履かせる。門のところで待っているばあちゃんに杖を持たせ、東へ歩く。歩きながら、ばあちゃんの古い友達に電話をして「行ってもいい?」とたずねる。オーケーだ。
 真っすぐな道で、たちまちつまった。「腰が痛い、歩かれへん」と言う。自分で「診療所に行ってやろう」と思ったときは足が速いくせに、なんやねん?「そない、速いこと、歩かれへん」と言う。「ゆっくり行ったらええねんで」と言っても、ばあちゃんは行く先がわからないので、不安なのだろう。不満なのかも知れない。やっと十字路に来た。北に向いて坂道をあがる。うちの畑の坂道よりはゆるやかだ。「どこまで行くねん?」と訊くので「あそこ、あの家」と指差して見せたが、近視のばあちゃんには無理かな?うまいぐいに通りかかった知り合いに乗せてもらった。「えらい、すんません。ごめいわくかけました」とばあちゃんは礼を言う。乗るときも乗っている最中も降りるときにも言う。ほんま、迷惑なことでした。ありがと。
 ばあちゃんの友達は喜んでくれた。ここに家を建てて引っ越してきて、散歩していてばあちゃんと知り合った。歳も一つ違いで仲良くしてもらった。手先が器用な方で、セーター類・大きなお人形からほんの小さなマスコットまで、いろいろな物を作ってはプレゼントするのが楽しみな人だ。「おばあちゃん、私のこと、覚えてる?」と訊かれるので「覚えてないよ。私に『おっちゃん』て言うぐらいやから、会わない人を覚えていることはないよ」と言うと、がっかりされた。ばあちゃんは「けっこやな〜、ほう〜」といちいち感心している。「聞こえる?」と訊かれるが「聞こえないよ。質問してごらん」と教えて試してもらった。ばあちゃんは質問を聞かずに、自分の言いたいせりふを繰り返すだけだ。友達は涙ぐんで「こんなになったの〜」と言う。なんだか、かわいそうで、情けなくなったのかも。私は毎日見ていて、少しずつ悪くなるから、平気だけど、長く会わないでいて、急に目の前に現れたばあちゃんが、以前のばあちゃんでなくなっていたら、悲しくなるのかも知れない。
 みかんを出してくださった。「一つもらったら、隠してね。食べたのは忘れてまた欲しがるから」と言うと、不思議そうだったが、向うの部屋に持って行かれた。ばあちゃんは「ほう〜」と言いながら、皮をむいて「おいしいです」と言う。友達は「このごろのみかんは甘くておいしいな。昔みたいに酸っぱいのは無いわ」と言われる。ばあちゃんは自分が半分食べて「あんたも食べて」と言って渡しかける。気がきくなぁ。
 友達は小さな紙箱を持って来られた。今までに作ったコレクションだ。小さなぞうり・お猿・お手玉・下駄・キューピー...まぁ、いろいろあること。「もう作るの、しんどいわ。私、今年の誕生日で90やで」と言われる。足が痛いし、医者通いもしているが、元気だ。セーターとベスト・毛糸のスカート姿だもの。ばあちゃんはいつでも外に出るから、もこもこキルティングを着せている。この友達は昔から薄着で平気だ。昔も体操を教えてくださったが、ばあちゃんはしなかった。ばあちゃんは「体操なんか無駄だ」と思っている。この人は、自分で家事も何でもしないといけない、と思っているから、ね。今でも寝る前に頭のマッサージをするのだそうだ。
 私とその人が話をしていると、ばあちゃんは話題にのれないので、「トイレに行く」と言いだした。一緒に行く。終わると、台所を通り「お〜」と感心している。仏間に行って「ほ〜、綺麗にしてあるな。お参りできるな」と言う。ご主人はお習字が上手で、ばあちゃんは「南無阿弥陀仏」の掛け軸をいただいて法事のときに掛けている。「ここ、8帖や」と言うが、数えると6帖だ。
 友達がお茶を入れてくださる。私がお菓子を持って行った。湯飲みが出てきたときは「ほ〜、けっこやな」と言っていたのに、急須にお茶の葉を入れようとすると「そない入れたらあかん」と怒り出した。「もったいない」と言う。「顔が怒ってるで」と友達が言う。そろそろ限界なんだろう。「お菓子を食べたら帰るわ」と予告する。
 外に出る。友達が角まで送ってくださった。下り坂なので、どんどん歩く。友達は家の庭に出て手を振っている。下からふり返って「ほら、ばあちゃん、あそこ」と言うと「手、ふっとってや」と見えたみたいだ。
 坂道の途中で、毎年「とんど」に来てくれる人だけでも「ちらし」を入れようとしたが、ばあちゃんは「歩かれへん」の始まり。それでも、角に立ち止まっている間に入れてきた。ばあちゃんは最初に会った小学生の女の子二人には「おう〜」と言ったが、次に会った男の子には、怒ってものを言う。その次にばあちゃんとも知り合いの家に行ったが、最初からぷんぷんだった。その人は「あかんね。顔が険しいね。あがってお茶も飲めないね。次はあんた一人でおいで」と言われた。途中まで送ってくださった。
 私は先に歩く。ばあちゃんは遅れてついてくる。家に帰る道なのだが、わからないらしく「どこ、行くねん?」と怒っている。どこまで行けばわかるだろう?まぁ、家が見えたら言わなくなった。家に入り「昼寝」と布団に入れる。飴玉一つでおとなしくなった。お疲れさん。