「ゴア氏の思い」朝日新聞30日朝刊「政態拝見 信念の対決、国会で見たい」星 浩編集委員

 米国の元副大統領、アル・ゴア氏の映画『不都合な真実』を見た。 
 「一瞬だけ、大統領になったゴアです」と自己紹介して聴衆を笑わせる場面から、映画は始まる。00年の大統領選で合衆国全体の得票ではブッシュ氏を上回り、メディアは一時「当選」の速報を流したが、最終的には大統領の座に届かなかった。それでも、ゴア氏はライフワークである地球温暖化との闘いをやめずに、世界を回って計1千回もの講演会を開いてきた。
 映画は、その講演を紹介する約1時間半のドキュメンタリーだ。コンピューター映像を駆使し、聞き取りやすい英語で語りかける。ブッシュ政権や石油関係企業などは、京都議定書に反対し、二酸化炭素の削減に応じようとしない。そのために二酸化炭素が急増し、温暖化が危機的状況を生むという「不都合な真実」が明らかになってきた。いま歯止めをかけなければ、人類の滅亡につながりかねない。そうした現実を、豊富なデータに基づいて説明する。
 「ファシズムに勝利し、天然痘を撲滅し、米ソの核軍拡競争をやめさせた人類に、温暖化を止められないはずはない」「いま、必要なのは政治の意思だ」と語るゴア氏の真摯な表情が印象に残った。
 
 10年前、副大統領だったゴア氏の日本、中国、韓国訪問を同行取材した。北京の清華大学での演説の後、突然、プレスルームにやって来て、外国人記者団を相手に環境問題や米国のアジア外交について、ていねいに解説してくれたことを思い出す。
 ゴア氏を見ていると、政治家にとって何より大切なのは「信念」だと痛感する。自分が思い定めた理念や政策を深化させ、あきらめないで訴え続ける。08年の大統領選に向けて、米国では政治家たちが信念を競い合うことだろう。
 ひるがって、日本である。例えば、久間防衛相のイラク戦争批判。大量破壊兵器があると思って開戦に踏み切ったブッシュ大統領に対し、久間氏は「間違いだった」と述べているが、政治家としての重い判断なら、その立場を貫いて欲しい。
 柳沢厚労相の「女性は子を産む機械」発言は論外だが、柳沢氏は、一定条件を満たす社員の残業代をなくす「ホワイトカラー・エグゼンプション」が、労働と生活の新しいバランスづくりに必要だと主張していた。そうであれば、関係者を粘り強く説得する努力を積み重ねるべきではないのか。
 国と地方合わせて800兆円にものぼる借金を減らすには、消費税率の引き上げは避けられないと考えている与野党の政治家は多い。子や孫の世代に膨大な借金を残すべきではないという信念があるのなら、訴え続けるべきではないか。
 参院選があるから国民の受けが良くない政策はしばらく封印しておこうというのでは、あまりに見え透いた小細工である。

 ところで、今回、映画のPRをかねて来日したゴア氏と若者たちの会合が持たれた。司会を務めたキャスターの筑紫哲也氏は、ゴア氏のきまじめな雰囲気が民主党岡田克也元代表と重なると、あるコラムで書いていた。私も同感だ。ゴア氏はブッシュ氏と互角以上に戦い、岡田氏は代表として05年の郵政総選挙では小泉自民党に敗れたものの、04年の参院選では負かしているという点でも似ている。
 映画好きの岡田氏に『不都合な真実』を見ましたか、と尋ねてみた。「衆院予算委員会で安倍首相との論戦に立つので、いまはその準備に追われて見る時間がないけれど、近いうちに必ず見るつもりです」との反応が返ってきた。
 通常国会が始まった。統一地方選参院選をにらみながらの論戦は熱をおびそうだ。安倍、岡田両氏の対決を含め、政治家たちの信念が真正面からぶつかる論争を見たい。