映画「母べえ」

 宝塚の小さな映画舘だが満員にはならない。先に入った人が後ろにすわるので、最前列に一人ですわった。ちょうどよかった。泣いていても見られる心配がない。
 見なきゃよかったと思う。こんな時代だったのかなぁ?いや、嘘だ、嘘だ。父べえが逮捕され、留置場に連れて行かれる。先からいる人に「何やったの?」ときかれ「いや、その、思想犯」と言うと「赤か?ではこっちへ」と奥に入れてもらう。嘘だ。拘置所が嘘だ。入れられただけで死ぬわけがない。どんな拷問されたのかと思う。描けないよな... まあええとして、まあ、ほかは納得するとして。
 赤紙が来た山ちゃんが南方へ送られる船の中。あぁ、輸送船てこんなのかと思ったり...私の父も「硫黄島へ送られるところが、船の都合で八丈島になり、助かった」と言っていたし、中国から帰った実の父も「馬に乗ったかっこいい写真」はあるが、苦労した話は、私は聞いていない。ただ、晩年、夜になると繰り返ししていた話があると言う。生きているうちに聞いておくべきだったかも知れない。
 いろいろ思う。見なきゃよかったな。吉永小百合さんだから見ようと思ったのだ。小百合さんは「戦争はいけない。語りつぎたい」と思われたのだろう。だから「元日配達の年賀状の束」の中に「小百合さんからの葉書」があり「母べえを見てください」と書かれていた。
 私も思う。戦後すぐに生まれ、ごく普通に少女時代を生きて「戦争はいけない」「平和」は当たり前だった。だが、あとの世代に語り伝えてこなかった。私はいつのまにか、知っていた「拷問」なんて、若い世代は知るだろうか?伝えてこなかった私たちの責任もあるのだろうね。