毎日フォーラム・ファイル:100歳以上の所在不明が相次ぐ 

実態把握を阻む縦割り行政と家族事情   ◇長寿社会 2010年9月10日
 
 東京都足立区の事例を契機に、次々と明るみに出た100歳以上の高齢者の所在不明問題。「現代の楢山節考」「日本の長寿国家は虚構」と国内外に大きな衝撃を与えた。行方が分からなくなっている高齢者は既に200人を超えており、国も対策チームを発足させるなど対応に追われている。
 事態が明るみに出たのは、足立区で7月30日、死後30年ほど経過した男性の白骨死体が見つかってからだ。その後、全国各地で同様の事例が発覚し、その数は既に200人を超えている。行方不明となっている高齢者の調査対象を70歳代前後まで引き下げれば、「一体何人が行方不明になっているのか。パンドラの箱を開けることになる」(自治体関係者)という。
 事態を重く見た厚生労働省は、長妻昭厚労相をトップとする対策チームを発足させた。市町村や年金事務所に対して、110歳以上の年金受給者への面会▽新たに100歳になる人に国から毎年贈る記念品の本人への手渡し、などを要請・指示した。
 さらに、47都道府県、19政令市、40中核市に、それぞれの高年齢者男女別上位5人と面会するように通知を出した。9月中旬にも結果を公表する予定だ。
 国の要請や指示とは別に、各地の自治体が独自に、100歳以上の超高齢者との面接などを通して実態把握を進めている。その結果、住民基本台帳法に基づいて職権で住民票を削除するケースが相次いでいる。
 なぜこのような事態になったのか。明らかになった事例などを分析すると、おおむね三つのパターンに分けられる。
 第一に挙げられるのが、自治体が住民基本台帳を適切に管理していなかった事例だ。
 18人の不明が確認された大阪府東大阪市では、高齢介護課から「長年介護保険料が払われていないし、基本台帳から削除すべき」と市民課に報告があった。だが、何の対応策も取らず情報は放置された。神戸市も昨年9月に105人の不明を把握し、100歳以上の高齢者数に加えていなかったにもかかわらず、基本台帳から削除しなかった。両市は「役所内の連絡不足」と弁明している。
 二つ目は、行政側の人員不足に起因すると思われる事例だ。行政側が把握する住民の生活状況は、主に民生委員から寄せられる。職員が各家庭を訪問するのは、民生委員らから「明らかな異変」などが伝えられた場合に限られている。
 しかし、その民生委員でさえ、すべての高齢者宅を訪問するのは困難だ。都内最高齢の113歳の女性の行方が不明になっている杉並区は、民生委員411人に対し、65歳以上の高齢者は10万人以上、生活保護世帯は5673世帯(7月末現在)に達する。民生委員1人当たり、それぞれ約250人、14世帯を担当する計算になる。
 民生委員は無給のボランティア。会社などを退職した年齢層の高い人が務めている現状を考えれば、仕事量は現在でも限度を超えている。
 ある民生委員は「常に人手不足の状況だ。巡回は独居老人や生活保護家庭がメーンで、100歳を超えるような高齢者でも同居家族がいれば優先度は高くない」と明かす。民生委員に「高齢者の実態をくまなく把握せよ」と要求するのは、現状では現実的ではない。
 三つ目は家族が意図的に基本台帳の削除を求めない場合が挙げられる。足立区の111歳の男性とみられる遺体が発見された事件のように、家族が死亡の事実を隠ぺいするような事例は実はまれだ。年金の不正受給などが疑われるケースでは、警察が捜査を継続している。
 一方、「(いなくなった高齢者が)いつか帰ってくる」と信じて、介護保険料などを払い続ける家族もいる。
 東京都八王子市の103歳の男性は、約40年前に自宅を出たままで、07年には市もその事実を把握していた。しかし、家族が「帰ってくるかもしれない」と話したため、意向を尊重して基本台帳から氏名を削除しなかった。
 この家族は所在不明後も介護保険料を支払い続けており、行政側も「『高齢だしどこかで亡くなっているのではないか』とは言えなかった」と釈明している。この場合、行政が家族の希望を無視し、職権消除で基本台帳から削除することも問題をはらむ。
 三つのパターンを勘案すると、(1)行政側が基本台帳を適切に管理する(2)民生委員ら「情報源」を増員、拡充する−−ことが実現すれば、所在確認ができない高齢者はある程度減少することが予想できる。
 住民基本台帳の管理は、職員の意識改革である程度は改善できるだろう。ただし、実態把握のために職員を増員することは、財政がひっ迫する市町村にとって現実的には不可能に近い。
 さらに、行政が住民の動向を詳細に把握することに批判的な声や抵抗感もある。
 東京都江東区の担当者は「役所が定期的に家の中に入り込み、実情を調べるような監視社会がいいのだろうか」と管理の行き過ぎを懸念する。実際、民生委員が「おじいちゃんは元気にしていますか?」などと尋ねると、「どうしてそんなことを聞かれないといけないのか」と憤る住民も少なくないという。寝たきりになったり、介護が必要となったりした家族の姿を「他人に見られたくない」という気持ちが働くのは理解できなくもない。
 我が国の社会保障制度は、家族を基礎に成り立っている。住民基本台帳も、住民からの届け出が基本だ。このため、家族に属さない生き方を選択した人、家族から離れてしまった人は、制度のらち外に放置されてしまう可能性がある。
 官報によると、氏名や本籍・住所地が分からない死者である「行旅死亡人」、つまり家族から離れてしまった人々の死者は09年、756人に達した。この人数は若干の上下動があるものの、ここ30年間ほぼ変わっていない。この中に、消えた高齢者が含まれている可能性は高いだろう。
 また、問題が広がるにつれて、国の縦割り行政を批判する声もある。国内の最高齢者や100歳以上のお年寄りの把握は、厚労省が担ってきた。住民基本台帳の所管は総務省、戸籍は法務省の所管となっている。今回の事態で、厚労省の動きは目立っているが、3省連携での対応は聞こえてこない。家族の崩壊が現実となった今、新たな対応が必要なのは言うまでもない。