『宗一郎さんの思い』朝日新聞「窓」論説委員室から  5月14日(土)

 東京・青山にあるホンダの17階建て本社は、周辺にガラス張りのビルが多い中では珍しく、各階の外側に丸みを帯びたバルコニーを巡らせた個性的なつくりになっている。
 大地震の際に、ガラスが落下して歩行者にけがをさせてはならない。
 同社創設者である本田宗一郎氏の強い指示だった。
 最初の注文は、ガラスにはワイヤを入れ、壊れても落ちないように、だった。しかし、満足できるものはできず、バルコニーを設けることにして、1985年に完成した。
 もう一つ、新築に当たって同氏が強く求めたのは「何があっても自力で全員脱出できること」だった。
 土木学会79年1月号の対談「わが技術哲学を語る」で、「コストは高くなっても安全なビルを作るのは責任者として当然」として、次のように述べている。
 「火事になったら電気が止まり、いろいろなものが止まる。動力源だってあてにならない」
 「地下の電灯はバッテリーや発電機だけど、人が手入れするものだけに満足できない。何があっても、10分は電気がついているものを開発させている」。
 技術を究め、その限界をも知り抜いた人の思いがにじむ。技術への信頼が傷ついた今、改めてかみしめたい先達の言葉だ。