「一体、何が困る?」と訊かれても...

 月曜日、ばあちゃんがデイサービスに行っている間に、ばあちゃんの姉さんの家に行った。2年前に、このおばちゃんの息子(私には、いとこ。私とばあちゃんに血縁関係がないので、このおばちゃんとも、いとことも血縁関係はないが、私が幼い頃から大変お世話になったし、ばあちゃんの甥や姪とは皆、親しいいとことしてつきあっている)が亡くなった。まだ60歳をすぎたばかりだった。おばちゃんは「息子はよくがんばった。これからは孫の世話になる」と言っていた。
 2年前のばあちゃんは、もうお葬式に出られる状態ではなかったので、それ以後もご無沙汰だった。私も、ばあちゃんのボケッぷりを、介護者仲間の他人には言えても、肉親のおばちゃんには言いたくない。見えもはるし、情けなくもある。
 夫はそろそろ、おばちゃんの様子も見に行きたかったらしい。私も半分、ふっきれた。それで、行ってみたが、びっくりぎょうてん。おばちゃんは、以前と変わらず、元気だし、今も家の中を差配しているらしい。いとこの奥さんは運転免許をとり、マイカーも購入、孫は結婚して別居していた。なんと! 大黒柱を失うと、皆、頑張るのだなあ。人間の可能性は無限だ。すごい!
 
 おばちゃんが訊く。「ばあちゃん、元気か?」 私「はい、畑に行ってるよ」「この寒いのに、畑に行くんかい?」 私「行くよ。寒い時は、1時間ぐらいで帰ってくるよ。デイサービスから帰っても、行くよ」「帰ってからも行くんか?」 私「行くよ」「風邪、引かへんか?」 私「おかげで、今年はまだ、引いてないよ」「畑の行き帰りは危なくないか?」 私「大丈夫。国道を横断しないでも行ける。家の前の道は、車の人が徐行してくれる」「どこかに、行ってしまう、ということは? 私「行っても、診療所だから、一人で帰る」「ご飯は食べるか?」 私「食べるよ。おやつも食べるし」「食べたのは、忘れるか?」 私「忘れるよ」「風呂は一人で入るんか?」私「入るよ。あがる前に着替えを出しておくんや」「一人で着るか?」 私「着るよ」
 おばちゃんが「何に、一番、困るんや?」と訊く。返事に困る。ここまで読むと、困る事はないもの。そういう時は、私は「寒くても畑に行く、風邪をひく、ひいたのを忘れる。お守りできない」と言うことにしている。無難な返事でしょう?
 本当は、一事が万事で、朝から晩まで目が離せない。「できる」ように見えても、それは私が先回りして準備した道をばあちゃんに歩かせているだけだ。
 夫に同じ質問をすると「そうやな。目に見えるところではなく、精神的なものやな」
 息子に訊くと「預けるから、いっぺん、1日一緒に暮らしてみい」 うん!これが納得!