「初めて来たわ」

 今朝は、いとこの家のふすまを取りに行く。昨日「うちもやって」と言うので、決まったのだ。ばあちゃんを家に置いて行くと、放浪するとまずい。連れて行った。ふすまや畳の運搬トラックは大きいので、助手席に2人座れる。乗る時は、足を置く所も高いので、上のもち手をつかんで「よっこらしょ」と乗るが、さすが、ばあちゃんは身が軽い。うちの農業用軽トラックに比べると、運転席が高く、窓も広く、とても眺めが良い。「よう、見えるなぁ〜」と感激だ。ばあちゃんは知らん顔。(大型車はもっと、すごいのかな?」
 角を曲がって、山道に近く、いとこの家はある。昔はうちの隣りだったが、30年前に引っ越した。自分の持ち山を切り開いて建てたので、道路からは少し登る。ばあちゃんが「こんなとこ、初めて来たわ」と言い出した。いとこは、庭で水かけをしていた。ばあちゃんは「降りるんか?」と言う。
 降りると「広いなあ。初めて来たわ」と言う。いとこに「『また、おいで』と言ったら、あかんで。覚えたら困るから」とくぎをさしておく。
 裏から、リビングに入る。ホームこたつに入る。若奥さんがお茶を入れてくれる。いとこのお手製かき餅を出してくれる。バリバリ噛んでいる。入れ歯のわりに、上手く食べる。「広いなぁ。初めて来たわ」を繰り返す。いとこが「30年前から、ここにおるで。おばちゃん、何べんも来たで」と言うが、聞こえてない、ない。
「あれ、何や?」と言う。熱帯魚だ。「見てごらん」と言うと「ほ〜、そうかぁ?」と言いながら見ている。こたつにもどって「初めて来た」と言う。「あれ、何や?」と言う。また「見ておいで」と言うと、魚を見に行く。まだ、朝の寝ボケの延長で、座り込んだら動かない。口だけは、しゃべるか、食べるか、動く、動く。私達の話が途切れると、さっとわりこんで「初めて来たわ」にもどる。
 いとこが言う。「今日は、えらい、おとなしいなぁ。昨日は怖かったで。『ふすまが無い』言うから『張替えやんか』言うたら『わしに、言わんと!何も知らん!』言うねん。『若いもんが、ちゃんとしてくれるから、まかせたらええねん』言うたら『そんなもん、わかるか!』言うて、テーブル、バン!とたたくねん。怖かったで」
 そうだったのか。いとこの前でも、おかまいなしか。もう、おべんちゃらは言えないのだ。人前とか、そういうのは、枠の外になってしまったのだ。また、退化。
 ふすまをはずして預かって、家に帰ってきた。ばあちゃんはうちの家に入るなり「広いなぁ〜。初めて来たわ」と言う。???