「何が困るか?」のつづき

 この前のおばちゃん(ばあちゃんの姉さん)の質問「何が困るか?」のつづき。
 ご飯は一人で食べるし、風呂も着替えもできるばあちゃん。「何が困るのん?」とおばちゃんが訊く。「何が?って、何もかもよ!朝起きてから寝るまで、全部よ!」と言いたいのに、言えない私。「病気の時には、お守りできないよ。病気を忘れるんだから」と言って、お茶をにごす。
 このあとで、和田行男さんの講演会があった。はじまる前に図書コーナーで和田さんの本「大逆転の痴呆ケア」を買った。途中休憩の時に和田さんのサイン会があった。私が本をかかえて立っている前のテーブルに、いきなり和田さんが着席された。なんと、私が一番になったのだ。私が「うちのばあちゃんも『家に帰りたい』ばあちゃんです。これ、私のホームページです。読んでください」と言って「たたかうおばあちゃん」を差し出すと「ありがとう。読みます」と言ってくださった。「お名前は?」と訊かれたので、姓を言うと、本の表紙の裏にサラサラ。後で読むと「大きな字で『ばあちゃんに学び、ばあちゃんに還す』と書いてくださっていた。ほ〜ぉ。柔らかなまぁるい字だった。
 講演のあとの質問のとき、私の隣りの席のケアマネさんが、「和田さんが本に発表された詩を読んでください」とお願いした。読んでくださった。
 私も手をあげた。「ばあちゃんの姉さんに『何が困るの?』と訊かれても言えないのです。何もかも、です。夫は『精神的に』と言うし、息子は『1日、ばあちゃんを貸すから連れてみて』と言います。でも、和田さんのお話だと、ばあちゃんが元気だということが、本当は良いことですね。元気で畑に行って、ある朝、突然大往生して、が理想ですね。グループホームはいい感じですね」と言った。
 6日の夜、というより、7日の0時過ぎ(和田さんの講演の日)、偶然テレビで、グループホームを見たのだ。「いつか家族になれるかな?」という感じだった。家にいるときよりも、グループホームに入ってからのほうが、おとうさんが穏やかにくらしておられて、家族が尋ねてきて喜んでおられた。それは良い、として...
 和田さんの「こもれび」はまた違う。「いつか家族に」なんかならなくていいのだ。他人でも一緒に暮らして楽しくやれたら良いのだと、ビデオを見てわかった。ばあちゃんも、こういう良いところがあれば入れてもらいたい。
 さて、和田さんは私が話し終わると「おばちゃんが『ばあちゃんを連れて、頑張っているね』と言ってくれないのが、困るんです、と言えばいいのです」とおっしゃったのだ。えっ?そんなの、あり? 不意打ちをくらった私は、一瞬のリアクションができない。おばちゃんにそんなことを言ってもらおうとは、思ってもいなかった。そこらへんが、和田さんの「発想の大逆転」なのかな、と今、思う。和田さんの「優しさ」なのだろう。私、おばちゃんに「認められたい」なんて、思っていたのだろうか?
 いとこがおばちゃんの家に行ってきた。おばちゃんは「妹に会いたいから、連れてくるように言っておいて」と言ったそうだ。いとこが「おばちゃんは、姉さんのことを忘れたかも知れないよ」と言うと、「妹が忘れても、姉の私が覚えているからいいのや」と言ったそうだ。これはすごい。精神の強さ。
 私も意地っ張りですから、おばちゃんには、ばあちゃんのボケッっぷりは隠しておきたいのです。そのくせ、ばあちゃんが姉さんに「お互い、この年になったら、若い者に迷惑かけんように、気ぃつけて暮らそぅな」と説教するのを聞くと、ムカッとするのです。このせりふを聞くと、おばちゃんは「ボケてへんやん。しっかりしてるやん」と言うでしょう。せりふを言えても、一瞬で忘れ、日常生活で人の手をわずらわす、それがおばちゃんには理解できないでしょう。
 ところが、おばちゃんちの嫁さんが「ばあちゃんは満腹感も空腹感も無いから、食べ通し?」なんて言うと「あんたには言われたくない」と思う。「嫁の冷たさ」を感じてしまう。
 年上のいとこたちに「ばあちゃん、大変やろうけど、頼むで」と言われると「頼まれてするものやったら、とっくにやめて病院にでも入れてるわ。他人行儀に言わないで。私の母親や!」と憎まれ口をたたきたくなるのよ。あのね、ばあちゃんと「血のつながった甥や姪」よりも「育ての子」の私と「縁あって親子になった」夫の方が、ずっとずっとばあちゃんのことを考えているのだから、任せておいて。