施設と家では、やり方も違う

 鳥海さんは「施設は『家』であり、『ついのすみか』だと言われた。時間で日課を区切るような、無駄な管理はしないのだそうだ。
 目がさめたときがその人にとっての『朝』であり、おなかがすいたら『食事』、夜も眠くなるまで寝かせない。「夜、寝ない年寄り」と「眠らない年寄り」と職員とで「夜のつどい」をする。牛乳をあたためて、おやつを並べ、騒いでみる? 11時や12時になると、その場でバタン、キューで寝てくれる。それから、ふとんを持ってきて、その場で寝かす。「いいんです。これから、大きな仕事は『死ぬだけ』なんですから」
 なんとも豪快だ。これでも、食事は2時間とか、おおまかなわくの中におさまるのだそうだ。
 うちでは、こうはいかない。ばあちゃんのしたい時間にあわせると、私達の暮らしが破綻する。ばあちゃんが畑から帰りたくなるまで放置すると、7時半になってしまい、寝かせると8時過ぎるのでは、私が疲れる。翌朝はばあちゃんが寝坊で、デイのお迎えの時間に間にあわない。
 ばあちゃんのわがままを許すと、デイとステイでとんでもないことをやらかす。
 だから、時間でも行動でも「管理」する。これはこれでいいんと違う?