「プレッシャー」と「相手の気持ちになること」

 「サービス担当者会議にプロの方がずらっと並ぶと、家族はプレッシャーを感じるものだと知ってもらいたい」と「さくら会・紫陽花の会」で言ったり、ここに書いたり、連絡帳に書いていたら、ケアマネさんから返事がきた。
「どうすれば気楽に話していただけるでしょうか?」
 また返事を書いた。「家族がそういう場で気楽に話すのは、元々無理ということを心において臨めばよいと思います。普通の家族は言いませんので、私が勝手に言いました。『ああ、そうか〜』と思ってもらえばよいです」
 その返事が「『ああ、そうか』と思いました。できるだけ相手の気持ちになろう、とはしていますが、なかなかなりきれていないんだなぁと感じました。これからも、ああ、そうか!と思えることを、たくさん教えてください」
 う〜ん、これは困った。電話をかける。
「相手の気持ちになる必要はないのです。なりきる必要はありません。相手の気持ちを聞くだけでよいのです。家族は本当の気持ちを言えないこともある、と知った上で、聞いてあげる。できたら引き出す。
 家族の言うことにはもっともなことと理不尽なことがある。もっともなことで、共感できるならしてあげたらよい。ケアプランに反映できたらしたらよい。職務としてすればよい。理不尽なら無視すればよい。それ以上のことはする必要はない。必要なサービスを提供するのがプロの仕事なので、割り切る」
 そうなんだよ。思いいれは要らない。
 ぼけばあちゃん本人に「よりそう」とか、言うでしょう。寄り添えればいいけれど、ばあちゃんは間違った方向に他人を連れていくこともある。怒りまくって手がつけられない、ということもある。寄り添わず、離れていないと身がもたない。必要な手助けだけでよいときもある。臨機応変。改めてプロの方に言うことでもないか?お許しを...