「サービス断られる認知症の人」産経新聞6月24日 (市民福祉情報・オフィス・ハスカップ)

 ■もめ事から短期入所先が「ノー」
 介護サービスを使いたいが、事業所から利用を断られた−。重度認知症の人の家族から、そんな不満が上がっている。介護保険では、事業主がサービス提供を拒むことを禁じているが、事業主らは「まれだが(断ることは)ある」と漏らす。重度認知症の人がサービスからこぼれないようにするには、どうしたらいいのか。(佐藤好美)
 東京都区部に住む太田卓治さん(71)=仮名=は、妻の恵美子さん(72)=同=と2人暮らし。妻はアルツハイマー認知症。あちこち出歩きたがるが、転んだり、ぶつかったりするので目が離せない。食事は介助し、頃合いを見てトイレに誘う。要介護度は5だ。卓治さんは「息子が5年前にがんで死んだのがショックだったようで、以来ひどくなった。団地の9階から飛び降りるというので、目が離せなかった時期もある」と振り返る。
 恵美子さんは週5日、精神科の診療所へ「重度認知症デイケア」に通う。診療報酬で提供される医療サービスだ。
 加えて、昨年秋からは月1回、特別養護老人ホーム(特養)で2泊3日のショートステイ(短期入所)を使い始めた。こちらは介護保険のサービスだ。ケアマネジャーから「ご主人にもしものことがあると困る。施設に慣れておくのもいい」とアドバイスされたからだ。卓治さんも「月1回でも、ぐっすり眠れればと思って…」とショートに預けた。
 しかし、2度預けた今年初め、施設側から「利用を遠慮してもらえないか」と言われた。
 どうやら他の入所者とトラブルになったらしい。恵美子さんは息子を亡くした後、極端に人恋しくなり、人の後をついて歩く。卓治さんは「ちゃんと歩けないのに、他の入所者について歩いて、ぶつかって殴られたらしい。こっちも殴られっ放しって性格でもないから、もめたようで…」と言う。
 しかし、断られるのは納得できない。卓治さんは区役所に文句を言った。「アルツハイマーなんて、いまどき特殊な病気じゃない。むしろ、そのための介護保険みたいなもんだよ。それなのに、ずっと保険料を払ってきて必要なときに断られるなら、保険料なんか払わないよ」
 区役所で「いつか使えることもありますから」と言われた卓治さんはおさまらない。「70歳過ぎて要介護5で『いつか』って、いつ来るんだよ。重い人から保険料を取って、軽い人にサービスしてどうするんだよ」と憤っている。
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 ■拒否は違反申し立ての道も 医療・介護・福祉の連携サービス必要
 介護保険は省令で、事業所がサービスを断ることを禁じている。だから、利用者や家族は納得がいかなければ、都道府県に申し立てる道がある。
 厚生労働省は「要介護度が重いとか、重度の認知症だというのは、サービス拒否の理由にならない。利用申し込みに応じきれないとか、利用者がサービス対象外の場所に住んでいるときでも、ケアマネジャーや他の事業所に連絡して、サービスを確保するのがルール。サービスを拒否したままで、都道府県に理由を明確に説明できなければ省令違反にあたる可能性は十分ある」(老健局振興課)と警告する。
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 しかし、実際には事業所がサービスを断るケースはあるようだ。
 都内のある特養関係者は「つえを振り回すなど、他の入所者に危害を及ぼす人は困る。職員を増やし、夜勤を男性にかえるなどして受け入れるが、特養は精神科の病院と違って拘束もしないし、薬も出せない。年に2〜3人もいないが、よくよく説明してお断りすることはある」と漏らす。
 重い認知症の人と家族がサービス利用で立ち往生するのは、「医療と介護のサービスが、うまく組み合わされて提供されていないから」という面もある。

 神奈川県のある特養の施設長は「受け入れ前に、利用者の『本当の生活』が分かると、受け入れやすさはずいぶん違う。いつが難しい時間帯で、どんな行動があるのか。認知症の薬やそれ以外の薬をどう使っているのか、家族が薬を持たせてくれるのかどうかもある。医療機関と直接、やりとりできればいいが、医療と介護の連携が言われながら、近隣でも壁があるのは難しいところだ」。
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 6月の第3週。厚労省で、担当局が異なる3つの審議会や検討会が開かれ、そのいずれでも認知症が取り上げられた。
 介護報酬を決める「介護給付費分科会」(老健局)、診療報酬にかかわる「慢性期入院医療の包括評価調査分科会」(保険局)、精神科医療の観点からアプローチする「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」(障害保健福祉部)。
 くしくも、それぞれの会合で異なる識者が同じことを指摘した。「認知症の人を、どこがどう診断し、どういう人にどんなサービスを提供するかのモデルがない」
 医療と介護と福祉が適切につながり、面としてサービスを提供する一部の地域では、認知症の人はかなり地域で暮らせそうだ。しかし、多くの地域では、サービスはバラバラに提供されている。認知症の重い人ほど、本人も家族もよりどころがないのが現実だ。