朝日新聞「天声人語」8月31日(水)

 新しい首相の誕生とともに震災後の「特別な夏」がゆく。政治の停滞の中、それでも花火は上がり、祭りの輪は広がり、人は前を向く。鎮魂と祈りの8月の言葉から
 戦後66年、なお多くの戦死者の遺骨が戻っていない。父親が硫黄島で没した広島県の井上忠二さん(77)は島への訪問が30回を超す。「国が戦場に出したなら、帰さにゃいけん。全員連れて帰るまで、わしの戦争は終わらない」。各所の戦地に残された遺骨は113万体にのぼるという。
 岩手券大槌町の岩崎範子さん(35)は家業のタクシー会社が津波で流され、父親が震災後に他界した。だが再出発し、自らも2種免許を取って運転手に。「町の人たちと車で再会できることが一番うれしい。いつまでも廃墟の街ではなく、建物の間を走りたい」。
 さいたま市節句人形の職人さんらが、震災で亡くなった人を偲ぶ「おもかげ雛」を作っている。井藤仁さん(70)は「表情には職人の心の内が出る。まさに職人の魂を込めた世界に一つだけの贈り物」。職人の感性で、人形に故人の面影を残す。
 ドキュメンタリー映画監督の海南(かな)友子さん(40)。原発禍の取材を進めるさなかに自らの妊娠が分かった。「水を飲み、大きく息を吸うたびに赤ちゃんへの影響が心配になる。取材した母親たちの気持ちはこういうものだったのかと実感した」。
 朝日歌壇に福田万里子さんの
<気温ならすぐに実感できるのに体感できぬミリシーベルト>。
野田政権の原発政策は、どちらの方向を向く。