朝日新聞「記者有論」『野田新首相に告ぐ もう福島に押しつけるな」福島総局 大月規義 8月31日

 異様な光景だった。福島市のホテルで27日に開かれた「福島復興再生協議会」の初会合。その場にいた約100人は起立もせず、会場入りした菅直人首相の姿を視線で追った。数日後に退陣するとはいえ、首相の到着ともなれば、全員起立して出迎えるのが通例。冷ややかな出迎えだった。
 復興に向け県は政府と協議する組織の立ち上げを求め、関係閣僚も出席してようやく実現した場、なのにだ。県は首相が重大な「何か」を伝えに来ることを察していた。
 「何か」は二つあった。東京電力福島第一原発の周辺で、放射線量が高いため住民が長期間帰れなくなる地域が生じる見通し。そして、除染やがれきの処理で出た放射性物質を含む廃棄物の「中間貯蔵施設」を県内に造ってほしいとの求め。菅氏と会談した佐藤雄平知事は「なんですか、これは。突然の話ではないですか」と声を荒らげた。
 県内の学校では校庭の表土の入れ替えが進み、放射線量は低下しているが、通学路や街での計画は滞っている。除染で出る廃棄物の処分先が見つからないためだ。
 知事も現状を十分認識している。それでも「待った」をかけたのは、国の原子力政策によって大きな被害を受けた福島が、政府の言うがままに貯蔵施設を受け入れるわけにはいかない、との意思表示だ、「ごみ捨て場にされてはたまらない」。責任の取れない退任間際の首相から言われても、という思いもあったに違いない。
 8月上旬。放射線量が比較的高い福島市大波地区に住民や市幹部が集まり、除染後の廃棄物を広場に一時保管すると決めた。大事な話し合いの場だったが、政府の役人は立ち会わなかった。これが、菅氏らが説明してきた「あらゆる対応に国が責任をとる」方針の実態だ。
 住民は「内部被爆が心配」「ほかの地区の廃棄物が不法投棄されるのでは」といった不安を抱えながら生活している。反発を受けようとも、住民が最も知りたいことをきちんと伝えるのが政治の責任だ。「カネは国で持つが、やっかいものは地方に」という従来のやり方は通用しない。
 新首相に野田佳彦氏が選出された。新政権下で事故収束への道筋が見え、放射線量が低下したとしても、地方に対する姿勢を改め、都合の悪い事実について地元の目線で取り組まない限り、福島の、政府への不信は収まらない。