NHK「朝イチ」「実母が認知症、悩む娘たち」

 「認知症とその予備軍あわせて862万人、65歳以上の4人に1人」
 いきなり脅してくる。いつものパターンだ。(以下も「 」の外は私のつぶやきと思って読んで下さい)
 「実の親が認知症。かわっていく母。相談できず孤立」
 「そこで政府の新戦略は『家族をケアする』」
 本「いっぱいごめん いっぱいありがと」の紹介。これは広島県岡上多寿子さんが書いた。
 「わたしを育ててくれた人にすまない」と言う。私はそんなふうには思わない。
 「お母さんがお母さんじゃなくなる」それも、年をとったら普通じゃないか、かまわないと思う。
 「家事完璧だった母が別人になった」ええやんか。
 「イメージくずれ、いやだった、そういう親を許せない。存在自体がうとましい。子供が泣き叫ぶ。それがいや、と思う自分が恐ろしい」ふ〜ん、考え過ぎや。
 「ところが、母が元に戻る瞬間がある。『あんたも大変やね。ありがとね』と言う。やさしい母のままだ。やさしくできない自分に悩む」
 それは、私たち夫婦だったら「あらま、今日はつながっとる」なんて思う。「あかんときに、頭、ポコンとたたいたら、つながるやろか?」などと言うこともある。不謹慎?これが「実の親ではない我々夫婦」のてきとうな距離感や。くっつきすぎたら、つぶれる。
 助言者、遠藤英俊さん。国立長寿医療研究センターの医師である。
 「病気だと理解する。まわりに訴える。変わるきっかけは認知症の人と家族の会です。会に行くときはお母さんを預ける。
 岡上さんの詩集3冊は感情を昇華している。日誌を書いてください。そして医師、ケアマネに見せて下さい。1行でいいです。書けないときも一言でも書く」
 森公美子さんが言う。「夫の場合、家族に介護はできない。自分を追い詰めない。誰かに相談する。誰かにまかせる。人の意見を聞く。目は散漫、耳を大きく。今から準備しておくのが大事」
 アナウンサーが言う。「子育てと重なる場合です。渋谷和子さんとあき子さんの場合。子供二人と夫との暮らし。介護に家族をまきこみたくないと思っていたが、甘かった。PTAも欠席がちになる。父も認知症になり、パートをやめる。夫に言えない。実の親だから悩みを打ち明けられない。夫は助けてあげたい、わかってあげたいと思っているが、自分から聞けない」ふむふむ。昔だったら「自分の親に何を言うか!天に唾するようなものだ!」と言う夫もいたので、今の夫は優しいなぁ。
 森公美子さんがまた言う。「相談に行って。私も市の窓口に行って、ワァーと泣いて。『大丈夫よ。そんなにかかえこんだら、だめになっちゃうでしょ。』と言われた」
 「一番近い人に吐き出せない」
 渋谷さんのきっかけは水戸の家族会。本音を打ち明ける。みんな同じ経験をしている。渋谷さんは母のノートを発見。必死にその日のできごとを書いている。母の不安を初めて知って涙が出た。それからは積極的に勉強会に出るようになった。デイサービスに行くお母さんを見て「今日はテレビの撮影でテンションあがってますね」と言って笑っている。すごい変化だね。
 遠藤医師の助言。「自己嫌悪の循環を断つ。それが家族会の効果です。かがみの法則というのがあって、こちらが笑うとむこうも笑うのです。」
 有働アナンンサーがファックスを読む。
 「60代で母がアルツハイマー病になりました。見たこともない母の姿。身内の恥。自分に余裕がないと・・・。『叱ったらあかんよ』と言う友人。先輩は『できることをしてあげたらいいのよ』と言ってくれた。」講師は「介護は60点で満点」と言う。ふむふむ、私がずっと言ってきた。時代が私に追いついてきた!!
 次のファックスは「『介護保険の利用で楽にせよ』という報道にしてください」
 「先生に日記を見せて大丈夫ですか?」遠藤先生が「我々医者は、患者を診て家族を見ています。」はぁ〜、えらい!こんな時代じゃなかったよな。
 次に「みるのは娘と決めつけないでください。息子もいるでしょう」
 
 お〜、ちゃんと作ってある。
 視聴者からのFAXも、放映内容その時点で足りない視点を指摘したものを選んでいる。
よくできている。放送作家が最初にシナリオ書いて、選んだのと違うかな?
「私の講演会、要らんやん」と思えば、進まない。
NHKが私に追いついてきたのだ!」
 昔はピントはずれな番組もあった。「違うよ」とFAXしても返答なかった。