「少年裁判官ノオト」井垣康弘著 日本評論社 2006年

ちょっと長いまえがき
少年審判の流れと担い手
1.少年Aとの7年5ヶ月
2.裁判官は依存症
  死刑事件と写真帳
  同席調停の“発見”
  オヤジ狩りの“恐怖”
  簡易送致
  ギターを盗んだ中学生
  少年たちは情報通?①“怪盗ルパン4世”を夢見る少年
  少年たちは情報通?②“あしたのジョー”の世界
  少年たちは情報通?③集団暴走の人間模様
  暴走少年の心の傷
  特技
  ナイフ強盗被害者からの手紙
  女子中学生のリンチ障害事件と三人の母親
  母の不満が解決の糸口に
  近所のスーパーでの万引き
  路上強盗犯人は近所の中学生
  万引きの子がコンビニ店員に
  自販機荒らし少年の母たち
3.お金の「つぐない」、こころの「つぐない」 「藤原正仁君事件」をめぐる修復的司法のこころみ
  父親のすごさ
   以下略
 井垣さん、読めました。井垣さんは本当は楽しいお方だと思ったところを一つ。
2.の少年たちは情報通?②“あしたのジョー”の世界 
 高校1年生が、他校の1年生に「タイマン」を強要し、一方的に殴り、倒れた相手の頭を蹴った。そして脳内出血で死亡させた。障害致死事件である。
 被害者の母親は、長男の死亡がいまだに信じられない。息子の部屋の扉を開けて、「いる?」と聞く。そして、「そうだ。明日帰ってくるんだ」と思い直して布団に入る。
 加害少年は、新入生として少年院の単独室にいる。わが身をガラスに映して、「キミは誰?何でここにいるの?」と聞く。
 少年の母親は、面会に来て、「相手の子は死んだのに、おまえは生きている。私は幸せ。でもあんたは誰?」と聞く。三者三様に、夢と現の間をさまよっている状態だ。
 加害少年の高校生は、少年院ですむと思って「タイマン」を無理強いしたのか?刑罰はないと思って相手の頭を蹴ったのか?そうではない。警察は「刑事処分相当」の意見だったが、検察官・調査官・鑑別所・付添人弁護士らの意見は全員「少年院送致」となった。しかし、少年本人はいまだに、刑事法廷で被告人として裁かれ刑務所に送られる悪夢を見るという。「人を死なせたら少年でも厳罰」というキャンペーンが身体に染み込んでいるのだ。
 私が動向視察で少年院に赴いたとき、「裁判官、ボクを逆送しないですませていただいた本当の理由を教えて下さい!」と少年は迫った。私は、「決定書に詳しく書いてあるから、読ませてもらいなさい」と対応した。次の機会に読んだ感想を聞いてみよう。
 高校生は、少年院なんて軽いものと思って事件を起こしたのか?そうではない。「少年院って、『あしたのジョー』の世界だと思っていて、怖くてふるえながら来たんです。実際は全然違いました...」。  
 帰り道、その本を買って読んだ。全くでたらめが描いてある。法務省がこんなマンガの流布をよく許しているものだ。あきれるのを通り越して腹が立った。しかし、このマンガは面白い。血が沸き肉が踊る。全巻を買いに行こう。

 あはは、と笑ってもいいのでしょうか?この最後の「全巻を買いに行こう」が楽しいじゃありませんか。ほかにも、最後の2〜3行ににんまりするところがありました。
 次は笑えない。
4.の中の「口惜し泣きした少年 少年審判インフォームド・コンセントの精神を」から
 井垣さんが神戸家裁少年審判の担当だったとき、泊りがけで少年院に視察に行き、出院間際の少年5名と、『少年審判手続きについて改善してほしい点』をテーマに1時間半話し合った。彼らはたくさん話してくれたが、共通していたのが、次のような思いだった。
「審判の場で、裁判官に対して、直接自分たちの意見(夢)を充分に言わせてもらいたかった。口で言うのが下手な子には、意見書を書いて行って、読み上げることを許してほしい。
 自分達の意見というのは、要するに少年院に送らないで、保護観察か試験観察にしてほしい、『これまでのことを・・・のように反省し、今後は生活態度を・・・のように改善するので、チャンスを与えてください』というもの。
 僕たちは審判期日の三日くらい前から、鑑別所の中で繰り返し考え、言葉を練り直して審判に出席するが、実際にちゃんと言うことができた者はわずかである。もし十分に意見を述べることができていれば、少年院に来ないですんだかもしれないという悔いにさいなまれ、自分のふがいなさがくやしい。少年院での教育課程に積極的に取り組む意欲がなかなかわいてこない」
 印象的だったのは、仮にうまく言えたとしても、少年がせっかくふりしぼって発した言葉が、全部裁判官の額のあたりから跳ね返ってきたり、裁判官の耳の横を通り過ぎて向こうの壁まで行ってしまうのだ、という愚痴である。少年たちには、そのありさまが目に見えるのだそうだ。
 言葉が相手に届く場合、それは、相手の目からスルスルと入って行く。そして、言葉が裁判官の目から入って裁判官の脳に届き、グルグルと一回りしているのがわかると、「とても幸せ」な気持ちになれる。
 だから、グルグル言葉が回った後、裁判官の口が開いて、「あかん。君は少年院で勉強が必要だ」という言葉が出てきても、「それはもう仕方がない」と得心が行くというのだ。
 −−夢を十分語った直後に少年院送致を宣告されるとショックが大きく、かえって立ち直りの妨げにならないか?
 「なかには、ショックで泣きわめく子や暴れる子も少しはいるとは思うが、意見を十分言えた場合のショックは、長くは続かない。少年院に送るかどうかを決めるのは、あくまで裁判官の役割でしょう。でも、少年たちは、大人が取り囲んでいる舞台の中央に座らされて、その場で自分たちの運命が決められるのだから、自分たちが主役だと思っている。だから、そこで自分たちの意見(夢)を堂々と余すところなく十分に言えた(主役として立ち居振る舞いを果たせた)ことに大きな満足を覚えるのです。泣き止んだときには、よっしゃ、少年院で頑張ったる、という気持ちに切り替わると思います」
 −−在宅処遇を希望する異見を少年から言われたら、裁判官はそれを尊重してなるべくみんなを在宅処遇にするべきだということなのか?
 「それは全然違います。少年院で大きく成長した子がほとんどだと思う。しかし、『来んでもよかったんちゃう?』という子が少年院にはチラホラいる。それを見きわめるのが裁判官の仕事なのではないですか。馬鹿言っちゃいけません」