ばあちゃんのショートステイの歴史「家族がもの申す介護」つづき

*最初は書いたとおり、1回限り
*時間をおいて、仕切りなおし、月に1回から定期的に利用・・・デイに行き「今日は用事があるので、泊まってきてください」と書いたメモを渡して、そのままステイに移動するという手を使った。ある時「ばあちゃんが『帰る』と言ってききません」と言いながらスタッフが連れて来られた。次は成功したが「ステイに来ると、不穏になります」という連絡メモを持ち帰る。「どこの部屋で寝るのん?」というのを誰彼無しに訊くらしい。スタッフに訊けばよいが、利用者に訊いたりすると、相手が怒ったりするからね。でも「不穏」って普段、私達が使わない言い方なので、私こそ不愉快な気分になる。対処法として「おやつを食べてもらいました」とか「洗濯物をたたむのを手伝ってもらいました」とかいろいろやってくださった。
*連泊もやってみる・・・できるようになった。が「不穏」はあいかわらすで「職員が早めに気づいて止めるときはよいが、今回は沸騰しました」と言われ「ばあちゃんは、やかんか?」と会合とかで言ってまわった。直接ステイのスタッフに言えなかった。(今なら言うが)
*ステイの帰りを「家族のお迎え」で利用してみた・・・ステイのばあちゃんが見えるようになった。なるほど、怒る、怒る。私が「だまって!」と言わなければ、怒りっぱなし。「相手が若くて優しいから、つけあがっているんでしょ!」と言ってもみた。ばあちゃんは相手をみるからね。「怖いお父さん」が施設にもいればよいのに、と思った。迎えに行くのはやくにたった。
*「つどい場さくらちゃん北海道車椅子の旅」に行くのに、1週間の長〜いステイをとった・・・行く前は「こんなに長いステイがもつでしょうか?途中で帰りたくなったら送りますからね。次の朝、また迎えに行きますから」と言われた。結果は大丈夫。帰宅すると「全身針ねずみ」になっていた。ちょっと触るだけでとげを出して怒りまくる。なんなんだ?あきれて、笑ってしまった。よっぽど大事にしてもらって「ダメよ」と一度も言われなかったのに違いない。だが、これが転機!ステイを嫌がらなくなり、今度は帰るのを嫌がる。私が迎えに行くと「どこに来とる?」と私の頭越しに「迎え」を探している。漫画だ。二度と迎えに来てはやらんぞ。
*「畑に行く」と行って出たが、ななくさに行ってしまい、事務所で保護された・・・「封筒にゴム印を押す」という「お仕事」をやらせてもらっていた。周りが皆、スタッフだから「ありがとう。助かります」と言ってもらってご機嫌になり「帰らないで泊まる」と言い出す始末。皆が「ここで保護されたら安全です」と言ってくださり「徘徊」の恐怖からまぬかれる。ありがたいことです。
*次はステイの車に保護される・・・「迎えに来たよ。帰ろう」と言うと「なんでや?」と怒る。「また、来たい」と言うので「たのんであげるから帰ろう」と言ってもだめ。その場にいたケアマネさん、係長以下男女5人のスタッフで「これだけ怒ったら、しようがないね」と笑うしかない。が、場の雰囲気が柔らかく、ばあちゃんがここで受け入れてもらえているのが、わかり、今までの長い年月(?おおげさ!)を思う。乗ったまま家まで送ってもらった。
*いつのころやら、連絡メモが廃止になったらしい。かわりに送って来たときに「今回はご機嫌よかったです」とか「夕方のいっときだけ、ご機嫌ななめです。夕食になるとなおります」と言われる。それは家にいても同じだ。なんと「不穏」から「普通の日本語」になっている!