「明日の記憶」

 荻原 浩著 光文社 2004年
 15日に映画を見た帰り道、西宮北口で乗り換えるときに構内の書店で買い求めた。映画の反響もまずまずのようで、原作のこの本も、目立つところに置いてあった。やっと読めた。疑問点はいくつか、解けた。
 アルツハイマー病と診断されて退職してから、主人公佐伯さんはなぜ家に閉じこもっていたか?謙さんの表情が暗くて、眉間のしわが険しくて「これでは救いが無い」と私が思った、その理由は?
 じつは「本」では、主人公はかなり積極的だ。(ここから主人公とか佐伯さん、妻枝実子さんは本の中の話。謙さんと可南子さんは映画の話)
 佐伯さんは自分でインターネットで検索して「あすなろナーシングホーム」を見つけ出しプリントアウトして、妻に見せている。「見に行くだけでもいいじゃないか。ほら、ここを読んでみろよ。『若年性アルツハイマー病の方のケア体制も充実。現在、多数の方が入所』って書いてある」と言う。
 妻の枝実子さんは「世間に期待したって無理」と言う。65歳に満たない主人公も「特定疾病の中の『初老期における痴呆』の項目が該当」するので、介護保険のサービスが受けられる。病院の吉田医師は「基本的に自己申請ですから、できるだけ包み隠さず、症状の悪いところは悪い、できないことはできないとはっきり言ったほうがいいです」と勧めてくれている。そして申請し、訪問調査に来たのは「区のケア・マネージャー」と書いてある。「介護保険というより生命保険の外交員を思わせる女性」だった。本人そっちのけで、妻とばかり話す。妻の口からは「私が自己診断している症状より、深刻な状態ばかり」出てくる。
 妻への聞き取りを終えた調査員は、本人に質問をぶつけてくる。「お洋服はひとりで着られます?不自由することはありませんか」「お金の計算はだいじょうぶ?お財布からのお金の出し入れも自分でできてますか?」「お風呂に入る時に誰かの助けは必要ですか?」主人公は怒ってしまう。「彼女の質問も、彼女の口調も。職業上の習性なのか、大きな声でゆっくり話し、わかりやすい語彙だけを使う、老人に対する特有の口調だった」と書いている。そして「洋服?ファスナーが閉めづらくなることはあります。手袋をしている時などは」と言ってしまい、数週間後「要介護1」の認定を受ける。それでは「公的施設への入所は絶望的」
 妻は「世間話同然の調査で判断が下されることに憤り、自分ひとりでなんとかするという前々からの決意をますます固めてしまった」のだ。また主人公もネットの検索で、公的施設は圧倒的に数が足りず、「待っているうちに寿命がつきてしまう」長い順番待ちの列に加わることをやめてしまったらしい。
 これが原作だ。わからなくもない。「調査員のものの言い方」私にも感じることがある。とてもいい方だと思うし、お世話になって認定もしてもらい、感謝しているが、話し方は「あのねぇ、ばあちゃんは痴呆症だけど、家族は痴呆じゃないのよ」と言いたかった。(幼児に話す口調だったのだ)(これ、ご本人、読んでないだろうね?)
枝実子さんがかたくなになってしまい「自分ひとりでなんとかする」と思ったのだったら、悲しい。
 私は困ったら「横のつながり」を探す。職業柄「手をつなぐ親の会」(当時)という組織の活動を知っていて、まず家族が手をつなぐのが当然と思ってきたからだ。(自分が病気になったら患者の会を探す)情報を得るためである。会の仲間は「認知症になり、会に入ったからこそ得られた、ひととの出会いを大切にする」という、人生の見方を大切にしている。やっぱり、渡辺謙さんや樋口可南子さんを「つどい場さくらちゃん」に連れてきてあげたいな。
 佐伯さんはインターネットで行き方を検索して「あすなろナーシングホーム」に行くのだが、「民間施設にしては料金が安かったことが、ここを選んだ理由のひとつだが、考えが甘かった。インターネット上に示されていたのは最低料金で、やはりそれなりの金はかかる。これは誤算だった。とりあえずショートステイだけだな。私はそう考えた。枝実子にはできるだけ多くの蓄えを残してやりたいし、ほんとうのことを言えば、たとえ記憶をなくしても、できるなら少しでも枝実子のそばにいたい。悪くない誤算かもしれない」とある。やはり有料ホームは高いらしい。