「本部」

 ご飯の用意をして待っていると、お経の終わったばあちゃんが台所に来た。「ばあちゃん、これから何するの?」と訊いても「ご飯」と言わないときがあるので、無駄なことは訊かない。腹がたつだけだから。
 今日は「えらい、すんません。お世話かけます」と言いながら入ってきた。座るのを待って「ここはどこ?」と訊いてみた。わかっているようには見えなかったが、やっぱり!「本部」と言う。「なんの本部?」と訊くと「ななくさ」と言う。ばあちゃんには台所も自室も「見慣れた我が家」ではなくなっているらしい。「ばあちゃんの家」と言ってもあかん。「ばあちゃんが建てた家。これ、ばあちゃんが買った机。これ、ばあちゃんが買った椅子。うしろ、見て。ばあちゃんが買った冷蔵庫」と言っても、あかん。「ここはどこ?」と訊くと「本部」だ。「なに、食べるの?」と訊くと「れいぞうこ」だ。れいぞうこ、という言葉の意味がわかってない。「おせわ、かけます」と言う。「おせわ、してもらえません。自分の家です。自分でしなさい」と言ってみたが、どうも、受身で、ねえ。
 ばあちゃんの生活態度で「ぼけの原因を探る」と言われたとき「感謝と感動の心が無い」と言ったくせに「おせわ、かけます。えらい、すんまへん」と言われても、ちっとも嬉しくない。ぼけたあとでは、まったく言葉の意味がわからないんだもの。
 ただし、デイサービス・ショートステイ・宅老所・診療所・そういうところで言えば、「かわいいおばあちゃん」として受け入れてもらえるのだろうか?おべんちゃらであっても、口に出せば「感謝の言葉」に聞こえるもんね。「にこにこばあちゃん」に見えるだろうか?